コールセンターでの仕事
コールセンターの仕事で私の知る内容は、テレフォンオペレーターとテレフォンアポイントです。その中で経験があるのは、電話番号案内の仕事とIP電話の勧誘です。番号案内は相手が教えて欲しいと言った番号を調べるのですが、様々な地方の人とお話をしなければならなかったので言葉が聞き取りにくく、また名称も不備があったりで大変でした。さらに、嫌がらせの電話も多く怖かった感じもあります。IP電話の勧誘は短時間ながらも勧誘を多く出来たと言われましたが、毎回出社するたびにマニュアルが渡されます。勧誘件数が多かった人のしゃべり口を真似しましょうと言った感じです。私は自分の言葉でしゃべったほうが良かったので、そういったプリントは参考程度にしました。コールセンターのお仕事も多々ありますが、相手が見えないだけあって割り切ることも大切かもしれません。
電話代行というのはあまり耳に入らない言葉ではありますが、実はとても頼りになるサービスだそうです。もちろん有料ですが、それ以上の成果が出てくれると思います。具体的にどのような内容なのかというと、電話代行という名前のまま電話を代行してくれるサービスのことのようです。電話は代行は大事な人から電話かかってきたときのために代わりに出てくれるサービスだそうです。
鹿児島県の沖永良部島に住む漁師の大迫富照さん(86)が、和歌山市から同島まで漁船で約1300キロの船旅に出る。約15年前に孫の学資のために愛船を売却し、その後は小さな船で細々と漁業を続けてきた大迫さん。今回の航海に使う中古漁船を、娘夫婦が「恩返しに」と同市内で購入しプレゼントしてくれた。「大きくなった船で無事に島まで帰って、漁で稼いで子や孫をまた喜ばせたい」と意気込んでいる。【岸本桂司】
◇「恩返しに」と娘夫婦が船を購入、プレゼント
◇大きくなった船で、加太漁港から
船は天候が良ければ6日早朝にも同市の加太漁港を出発。小豆島(香川県)や愛媛県伊方町など瀬戸内海を通り、宮崎県日向市や鹿児島県志布志市、奄美大島(鹿児島県)などを経て、沖永良部島を目指す。
大迫さんは約15年前、長女の泉博子さん(59)の三女有紀さん(28)の本土の中学校進学費用を工面するため、漁船を売却。5年前に購入したばかりだったが、「孫のためなら」と本格的な漁業はあきらめ、その後は総トン数3トンの小さな船に乗って漁業を続けた。有紀さんはその後、大学の医学部に進学し、現在は大阪府内の病院で産婦人科医として働いているという。
博子さんと夫の内村(うちむら)さん(61)は、「子供のために財を投じてくれた父への感謝の気持ち」を込めて、中古の6・6トン漁船1隻を数百万円で加太漁協(和歌山市)から購入。4日から同漁港で、古くなった装備の補修や通信機器の点検をして出港に備えている。
船には、内村さんの友人でヨット愛好家の柳典文さん(66)も同乗してサポートする。昼間のみの航海で夜は各寄港地に宿泊、天候不順の場合も想定して5〜15日間の行程を予定する。不測の事態にも備えて、10日間分の水と食料も積み込んだ。
購入した船は最速25ノットで、12ノットだった従来船と比べて漁場範囲も広がる。沖永良部島周辺ではキンメダイやハマダイなどが豊富といい、「小さな船では行けなかった漁場がある。こっちの海は初めてだけど、無事に帰って魚を捕り続けたい」と海の男の顔をのぞかせた。
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江戸末期から明治初期にかけ、「平田木綿」流通の拠点として栄えた島根県出雲市平田町の「木綿街道」。妻入り造りの町家やなまこ壁など、往事の面影が残る通りを、幼いころから見続けてきた。「たまたま残ったわけだが、雰囲気がいい。そんな古き良き街並みを残していきたいんですよね」とほほ笑む。
かつて、街道には商店が並び、人通りもにぎやかだった。「隣は農機具屋、それから散髪屋、野菜売り、食堂……。あそこのカラメル屋さんがおいしくてねぇ」と懐かしむ。だが、徐々に店舗が減り始め、人の流れもなくなっていったという。
2年前から地元の商店経営者や住民で構成される「木綿街道振興会」(19人)の会長に。イベントなどを通して、街並み保存と通りの活性化に取り組んでいる。最近は廃業した「旧石橋酒造」でもコンサートやお茶会を開くなどして、活用方法を模索する。先月あった恒例イベント「もち街」には約4000人が訪れ、餅を食べながら散策する人でにぎわった。「可能性は少しずつ感じている」と街道復活への手応えを深めている。
本業は創業約90年の「持田醤油(しょうゆ)店」の4代目。家庭で減ったしょうゆの消費増につなげようと、しょうゆのソフトクリームや焼きおむすびなどの関連商品も販売する。「しょうゆは地域によって違う。特徴のある味を残したい」。伝統の味でも、街並みでも、「いいものを残したい」という思いは一緒だ。【細谷拓海】
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■人物略歴
◇持田雅人さん 1958年、旧平田市(現出雲市平田町)生まれ。専門学校卒業後、21歳の時に家業のしょうゆ店で働き始める。09年から2代目の木綿街道振興会長に。
埼玉県警深谷署は5日、署内で安置していた病死男性の遺体を、事故死した別の男性の遺体を引き取りにきた遺族に引き渡していた、と発表した。9日後に取り違えに気付き両遺族に謝罪した。
同署によると、2月22日、前日に事故死した男性の遺族に対し、同9日に収容された病死男性の遺体を誤って引き渡した。今月3日、病死男性の遺族が遺体を引き取りに来て、別人だと気付いたという。病死男性の遺体は既に火葬されていたため、同署が遺骨を預かっている。
2人の遺体は安置室に上段と下段に分かれて安置されていた。遺体の手首や足首に名札を付けるよう通達が出されていたが、同署は実施していなかった。
茂木邦英副署長は「関係するご遺族に深くおわび申し上げたい」とコメントした。【西田真季子】