ポイント大事なクレジットカード

今、銀行に預けても金利が低いので利益還元は低い。クレジットカードを使い買い物をするとかなりの利益還元を望める。数日で、現金と似た使い方が出来るものや他の商品と交換出来るもの多種多様である。気をつけたいのが、クレジットカードは現金と違いある一定になるまで使いすぎてしまう事だ。これさえ自己管理をすれば、かなりお得なカードではないだろうか。
今の現代社会は別名「IT社会」と呼ばれていて、その中でIDカードは広く活用されています。修学旅行で宿泊したホテルのひとつにIDカードキーの部屋で宿泊しましたし、僕の塾でも入室と退室のときにIDカードをスキャンしています。このように今の現代社会ではIDカードは必要不可欠のものといえるでしょう。これからもずっと。
【転機 話しましょう】(16)

 格闘家として名をはせた須藤元気さん(32)は引退後、作家や大学のレスリング部監督、ミュージシャン…と、幅広い分野で活躍を続けています。“第2の人生”でもパワフルで前向きでいられる秘訣は、常に“痛い思い”を忘れないことだと言います。(平沢裕子)

■思い通りのデビュー

 「頭を使え」とは、子供のころから父親に言われ続けてきた須藤家の家訓だ。

 高校生のころ、将来は格闘家かミュージシャンになりたいと思っていた。格闘家を選んだのは、「女の子にもてそうだし、男からもリスペクト(尊敬)されるから」。身長175センチと大柄ではない自分が、注目を集めるにはどうすればいいか。考えたのが、米国の団体に所属し、“逆輸入ファイター”として日本でプロデビューすることだった。派手な入場パフォーマンスや背中のタトゥー(入れ墨)デザインなど、格闘家としてのスタイルはすべて、高校の授業時間に考え抜いて作ったイメージだ。

 拓殖短大(現・拓殖大)卒業後、米国に留学。平成11(1999)年、21歳のとき、日本の格闘技界にプロデビュー。自分で考え、思い描いていた通りの人生が順調に進んでいた。

■父の姿に学ぶ

 この年、米国で交通事故に遭う。友人が運転する車が、ハイウエーの中央分離帯に突っ込み、大破。意識を失い、病院に運ばれた。奇跡的に軽いけがですんだが、友人も自分も酒を飲んでいた。素行を問題視され、半年以上、試合に出られなくなった。

 実はこのとき米国にいたのは、当時日本で人気が出始めていた総合格闘技イベント「PRIDE(プライド)」の出場権を得るため。米国で試合をすれば、帰国後にプライドに出られることになっていたが、事故で話はなくなった。団体関係者からも「普段の行いが悪いから事故に遭うんだ。須藤なんかだめだ」と言われ、他の団体にも「あいつを使うな」とお達しが出た。収入もなくなり、ちやほやしてくれていた人たちはみんな離れていった。

 「家訓の通り一生懸命やってきたのに、なんでだろうと。でも、実家に帰って父親を観察してみて気づいた。父親は頭を使っていない。心で人と接していた。たぶん父親は頭のいい人にコンプレックスがあって、息子の僕にそうなってほしいと思ったのでは」

 事故の前は、上に行くためには「人をけ落としてやる」との気持ちもあった。人との付き合いも、自分にとって得か損かで決めていた。でも、父親は違う。父親が人の悪口や文句を言うのを聞いたことがなかった。富山の消費者金融←比較のポータルサイト心から相手を見るようにしよう。そう思ったときから、また人生がうまく回り始めた。

 「事故で痛い思いをしたことで、天狗になっていたことに気づいた」

■負けも真なり

 次に“痛い思い”をしたのも米国でだった。15(2003)年、総合格闘技大会「UFC」に出たときのことだ。イラク戦争が始まったばかりで、対戦相手は米国人。観客には日本人も敵でしかなかった。会場の2万人が「USA!」「USA!」と対戦相手を応援する。自分が攻撃するとブーイングの嵐。それでも試合は自分の方が優勢で、勝利を確信していた。しかし、結果は2対1で判定負けに。

 「勝てるという自信が強く練習をあまりしていなかった。自信は大事だが、勝つには臆病さも必要。それに気づかせてくれた」。この試合で目の周囲の骨が折れた。帰国の飛行機では痛み止めの薬の効きが悪く、「このまま死ぬのでは」と思うほどの辛さを味わう。

 試合に負けても、仕事に影響はなかったし、事故のときのように人が離れていくこともなかった。ただ、自分の中では、物事を見る視点や価値観が大きく変わった。「勝ったときは反省もしないけど、負けたときは何が悪かったのか考える。『負けも真なり』だ」

 18年のおおみそかの試合での引退宣言を経て、もう1つの夢だったミュージシャンの活動に力を入れている。20年11月には母校の拓殖大学レスリング部監督に就任。21、22年と連続で3冠を達成し、最優秀監督賞を5回受賞した。執筆活動も順調で、今年はすでに2冊を出版。そのうちの『今日が残りの人生最初の日』(講談社)には、こんな記述がある。

 「この世界では、自分の人生は、自分でつくれる」

 これからまた“痛い思い”をするかもしれない。でも、大丈夫。何があっても、自分の人生は自分でつくるから。

  −−ダンスパフォーマンスユニット「WORLD ORDER」は、日本よりも海外で人気ですね

 「生意気ですが、海外で勝負しようと考えていました。髪を七三にしてメガネをかけて、スーツを着た日本のサラリーマンがロボットっぽい動きをすれば、海外の人はおもしろいと思ってくれるかなと」

 −−見事に当たりました

 「格闘家として有名になったことで、日本では僕が音楽をやるといっても余興だとみられてしまう。海外では僕が格闘家かどうかは関係なく、純粋に音楽やパフォーマンスで見てくれると思いました」

 −−大学院では地方政治行政を専攻しているそうですが?

 「こればっかりは後悔しています。歴史が好きで政治に興味があったが、勉強するうちにつまらないなと思って。政治が変わっても世の中は変わらない。利権ですから、政治は」

 〈すどう・げんき〉昭和53年、東京都生まれ。高校時代からレスリングを始め、全日本ジュニアオリンピックで優勝し、世界ジュニア選手権日本代表を経験。格闘家としてK−1やUFCなどで活躍後、平成18年に現役引退。21年、ダンスパフォーマンスユニット「WORLD ORDER」を結成し、22年7月に初アルバムをリリース。著書に旅行記『レボリューション』(講談社)、エッセー『神はテーブルクロス』(幻冬舎)など。21年に拓殖大大学院入学。18年に始めた書道では第26回産経国際書展で入選も果たした。視認性の高いFX入門?にご注意ください

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